さまざまなイベント企画を行っている鎌倉市倫理法人会

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2015年12月29日火曜日

~夫婦は一対の反射鏡。『奥さんは億産』~白木 大五郎 氏

年の瀬も押し迫り、殆どの単会で、今日のMSはお休みです。しばらく振りで冬の寒さを感じる引き締まった朝を迎えました。

本日のMS講師は、鎌倉市倫理法人会副会長の白木 大五郎 です。

最初に、松谷会長のスピーチです。

「会長を拝命して4カ月が過ぎました。会長職と会社の社長としての仕事が入って来るので、とても忙しくしています。しかし、忙しいからと、今するべき仕事を後回ししたり、いい加減な対応をしたりすると、色々な場面で問題が大きくなり、会社の業績も落ち込むことになります。気が付いたことは、直ちに実行すること。常に感謝の気持ちで接すること、苦難はその人をより良くするための試練であることを肝に銘じ、新しい年も前を向いて歩きたいと思います。」

次は皆川美保子副会長の3分間スピーチです。

「私は、小・中・高時代に、演劇部に入っていました。小学校の頃は、その他大勢の一員でした。しかし、高3のときにエステル(旧約聖書に出てくる王妃)という主役に抜擢されました。しかし、主役より舞台づくりに興味があり、どちらかと言うと陰の存在(神の演劇)を楽しみたいと思いました。今でもスポットライトを浴びるより、お茶やお花の準備など、影の存在に生き甲斐を感じます。」

次は、いよいよ白木 大五郎 の講話です。

白木 大五郎 のプロフィール】
昭和16年福岡生まれ。早稲田大学を卒業。昭和40年日立製作所入社。人事・労務・総務部門を経て、日立電子サービス専務、監査役を歴任。
鎌倉市倫理法人会 副会長
企業リスク研究所 代表
白木塾 塾長
鎌倉ユネスコ 理事
企業、大学、各種団体への講演多数

5歳下の家内と出会ったのは、私が25歳のときでした。その後結婚するまで、家内は名古屋で教師をし、私は日立製作所に勤めていました。馴れ初めは、戸塚のおばの家でした。名古屋と東京の遠距離恋愛が続き、4年ほどして結婚しました。それから45年間ほどになります。」

私は、福岡の旧家に生まれました。私は長男、家内は長女でしたので、結婚話は少々こじれました。しかし、私の叔父が上京し、家内の家を訪問、うまくまとめてくれました。結婚後、家内は職を辞し、2女に恵まれました。お陰様で、二人とも立派に育ちました。今では、そのことを誇りに思っています。その間、西は山口県から東は茨城県まで計10回転勤をし、全て子供たちも引き連れての転勤でした。日立製作所に入り、正月などには、100人近くの社員が家に来てお酒を飲むなどもあり、家内には迷惑をかけました。家内はどんなに遅い時刻であっても着物を着ておもてなししてくれるなど、本当に良くしてくれました。

「会社で、私は仕事一筋でしたので、家族には大迷惑なことが多かったと思います。給与の5割が飲み代ということもありました。健康には自信があったのですが、高齢になってから肝臓病を患い、72日間も入院、生死を彷徨いました(臨死体験)。その間に、人生観が変わりました。生きていることに感謝し、家族や会社の仲間に感謝し、少しでも喜んでいただけることに喜びを感じるようになりました。倫理法人会への入会、白木塾の開設などで、社会のため、郷土のためにお役に立ちたいと考えるようになりました。1年前に家内の厳しい?指示で人間ドックを受け、前立腺癌が4+の状態であることが分かり、早速、重粒子線による先進治療で完治させることができました。皆さんの励ましもあり、心から感謝しています。」

社会の変化を示す離婚率や一人住まい世帯の急増など、また、今後の超高齢化社会へのリスクへの対応についての話もあり、それぞれ、我が身に迫って来る大きなリスクとそれへの対応について、時間を取って話を聴きたいという意見が多かったと思います。笑いを誘いながらも奥深い意味を持つ川柳での講話も楽しいものでした。

集合写真の後、オリーブの木で美味しい朝食を頂きながら、講話の感想や、質疑
応答の時間を取りました。今日の話は奥さまや娘さんにも聴いていただきたかったと思いました。

その後、恒例の通り、講師は皆川副会長とご一緒に、人力車で鎌倉駅との間を往復されました。                   平松 健男 記)

2015年12月22日火曜日

~新生の発見~花野井 勝浩 氏

今日は冬至。北半球では昼の時間が最短と定義されています。日の出時刻が最も遅く、日の入り時刻が最も早いのが当然と思っていると、横浜の日の出が最も遅いのは、1231日の650分、同じく日の入りの最も早いのは、125日の1628分でした。標準時の明石でも同様にずれています。

本日のMS講師は、一般社団法人倫理研究所 法人スーパーバイザーの花野井 勝浩 です。

先ずは、松谷会長のスピーチです。


「倫理には、実践が必要です。家で皿洗いを始めたのですが、皿洗いをしながら『ありがとう』を繰り返していると、皿洗い自体が苦も無く実行できるようになりました。形から入ることも重要で、『ありがとう』をつぶやくという小さな実践によって、大きな自己変革が実現すると思います。」

次は高田 桃子会員の3分間スピーチです。


「鎌倫に入ってからいい出会いがあり、自分が変わったような気がします。就職先が結婚式の記録映像作成です。新郎・新婦の両親への感謝映像で、それを見るにつけ、親への感謝の心に揺れ動かされます。同時に人とのお付き合いも改善されたと思います。もう一つは、ものを捨てる会社に勤務することになり、自分のものも捨てることができるようになり、後片付けが上手になりました。鎌倫に入って、良かったと思います。」

次は、いよいよ花野井 氏の講話です。


【花野井 勝浩 のプロフィール】
一般社団法人倫理研究所 法人スーパーバイザー
鎌倉市当倫理法人会では昨年に引き続き、MS講師にお招きしている。

「万人幸福の栞は、3巻からなっています。MSでは、第2巻の万人幸福の栞が読まれていて、第1巻、第3巻はあまり読まれていませんが、極めて重要なことが書かれており、特に第1巻(新世の発見)は重要です。この解説には、3時間半が必要ですが、今日はこれを圧縮してお話したいと思います。

    純粋倫理:世の中には、絶対的に正しい道があり、常に正しく、正直にそれを実践すれば幸福になる。

    正しい道とは、明朗、愛和、喜働であり、これらを押し進めると、純情(素直)に収束する。

丸山敏雄 先生は、終戦の日(実質的には昭和2093日)に、将来の日本を憂い、落ち込みました。全土が焼け野原となり、人心が乱れ、自分さえ良ければという風潮が蔓延ることを心配し、何とかしなければの思いで、仏教、キリスト教、カント哲学などを勉強、真に正しい道とは何かを求め続け、それを『万人幸福の栞』にまとめたのです。当時焼け野原になった国土には、金品さえ貰えば、平気で悪徳法案を通す政治家、闇市が公然と開かれ、官憲がそれを黙認、びくびくせずに平気で盗む泥棒などなど、日本人の心が荒んでしまったことを憂えたのです。」

「純粋倫理を実践すれば、正しいもの作り、生きる力のアップ、その結果、人・ものが集まり、不思議にも自分の能力を超えた力がバックアップしてくれます。栞を読んだだけでは効果はありません。あくまでも実践することが重要です。倫理は、大宇宙の法則から産まれてきたとも言えます。安定状態の太陽系では、人類が住むのに丁度良い環境が与えられています。我々はその宇宙の環境を乱すことなく、永続させる義務があります。最初『万人幸福の道』としていた道を栞に変更したのですが、元に戻せる、或は実践して更に良い方向に変えられるという意味を含んでいます。」


集合写真の後、オリーブの木で美味しい朝食を頂きながら、講話の感想や、質疑応答の時間を取りました。改めて栞の第1巻の重要さに気づいた会員が多かったと思います。


その後、恒例の通り、講師は人力車で鎌倉駅との間を往復されました。


平松 健男 記)

2015年12月18日金曜日

~2016年の開運と展望~武井 貞善 氏


2016年12月15日(火)
異常な暖冬に見舞われた今年は、早朝セミナーも楽です。普段は6時から始まる役員朝礼を、本日は「モデル単会認定」のテストがあるので、30分繰り上げて、5時半集合です。朝礼作法に則って入念に練習、なんとしてでも『菊』の認定を獲得しようと張り切っています。

本日のMS講師は、惠玉社 代表の武井 貞善 です。
来年の開運を期待しながら、三々五々集まってきます。

先ずは、松谷会長のスピーチです。


12/9(水)の山桜クラブでは、新倉かず子氏をお招きし、『魅せるビジネスマナー』というテーマで、開催されました。ホット会員4名を含み16名の参加でしたが、次回からは、もう少し広い会場とし、参加人数も増やしたいと思います。本日の講話は、昨年もお願いし、好評だった武井先生です。今年を振り返り、その時々で発生した現象を振り返っていただきたいと思います。」
 
次は、豊澤 早一妃 幹事の3分間スピーチです。


「今日は、ジェームス・スキナーについて、お話します。彼は、悪性脳腫瘍を患いながら、あくまでも前向きに生き通した人でした。人生は楽しんで生き切るという信念を貫き通し、たとえ病床の身であっても、ビジネスに精出すなどし、前向きに生き切りました。3冊の本を出版しています。最後は『お先に失礼』と、笑いながら死んで行くという、死をも乗り越え、生と死とを堪能した人でした。私は、彼のような生き様をしたいと思います。」

いよいよ武井 貞善 の講話です。


【武井 貞善 のプロフィール】
惠玉社 代表
)ティー・シー・エス 代表取締役
逗子葉山倫理法人会 会員
役所勤務後、九星気学や姓名判断などを独自に研究、この分野からのビジネスコンサルティングを実施。
鎌倉市倫理法人会では昨年に引き続き、MS講師としてお招きしている。

「昨年は、講話のテーマを『展望』としていましたが、今年は『開運』としました。九星気学によれば、1~99個の数字のうち、今年は3,6,9が良く、来年は2,5,8が良さそうです。今年の悪い数字は1でしたが、電気関係に大きな問題が発生しています(東芝など)。来年の悪い数字は、9ですが、干支との組み合わせから、180年前と同じ組み合わせとなります・・・。」

数字の持つ意味などを生年月日や、名前の字画などから割り出す方法などを立て板に水の如く話され、聴く私たちを圧倒されました。皆さんが、自分はどの数字になるのか、来年はどのようなことに気を付ければ運が開けてくるのかに関心があり、朝食時の質問も、そこに集中しましたが、「詳細は個々人で異なるため、改めて別室での対応となります。」とのこと。早速別室対応?をお願いする方々もあり、盛況のうちに講話が終了し、また来年もよろしくとのお願いも多くありました。

集合写真の後、オリーブの木での美味しい朝食、質疑応答の時間を取り、来年の開運について話し合いました。
席上、県本部の役員から、本日のモデル単会認定テストの結果、『菊』と認定するとの縁起の良い発表があり、会員一同喜び合いました。その際、モデル単会認定のMVPとして、根岸専任幹事が指名され、一同、喜び合いました。
その後、恒例の通り、講師は人力車で鎌倉駅との間を往復され、古都鎌倉の師走を堪能されました。

平松 健男 記)

2015年12月9日水曜日

「今だから話せます」

平成27年12月8日
今朝の鎌倉は深々と冷え込み、5時頃には、天気予報に背いて細かい雨も降りました。6時からの役員朝礼には、役員10人が集合し、腹式呼吸の発声法で、威勢のいい朝礼が始まりました。来週のモデル単会認定に向けて、磨きがかかります。

本日のMS講師は、神奈川県倫理法人会 相談役の川内 美喜男 です。「今だから話せます」のテーマは、興味津々です。

先ずは、松谷会長のスピーチです。


「私が初めて参加したMSの講師が川内さんでした。今年の8月まで神奈川県の会長という重責を務められ、9月からは相談役として色々な場面で地区や単会のご指導を賜ることになりました。よろしくお願いします。」

「先月誕生日を迎えた方が4人おられ、お祝いしたいと思います。」として、花束が贈呈されました。

次は石渡今日様の3分間スピーチです。


「私は、倫理法人会に入る前までは、我儘放題をしてきました。倫理に入会し、この3年間会長を務め、根底から変えられました。たった一度の人生を大切にしたいと思います。利他を旨とし、人と共に学び、人と共に成長することを身上としてきました。その間、多くの人と交わることができました。自分磨きには、倫理が一番。皆さんにも私の生き様を見て頂き、少しでも参考にして欲しいと思います。」

いよいよ川内 美喜男 の講話です。


川内 美喜男 のプロフィール】
(一社)倫理研究所 相談役 (倫理経営インストラクター)
()ティー・シー・エス 代表取締役

「数年前に、400人もの人前で話す機会がありました。蚤(のみ)のように小さい心臓がパクパクとしていたことを思い出します。『常々嫌だなと思っている人に会ったり、嫌なお客に会ったりしたとき、1分間も顔を曇らしてはいけない。』とも言われています。また、倫理経営インストラクターを拝命しており、現在、私は学びの途中だと心得ています。この5年間、県の役員をしてきましたが、今回それを卒業しましたので、昔話せなかったことも今日はお話したいと思います。」

「先日平塚市の交通安全に関わる授賞式がありました。受賞者が次々と名前が呼ばれ、壇上に上がっていきます。しかし、誰一人呼ばれても返事をしません。病院や銀行でも同じです。小学生も返事をしません。私が『はいっ』と返事をすると、おかしいと思われたようですが、自分の名前が呼ばれたら返事をするのが当たり前の礼儀ではないでしょうか。私も倫理に入る前は恥ずかしかったけれど、倫理に入ってから返事をするようになり、それで良かったと思っています。」

「昨日家内が子宮筋腫の手術をしました。手術の前の日に、会社の研修があり、参加しましたが、途中で社員から『急いで帰るように』と勧められて、病院に行くことができました。また、手術当日には、講師をする予定が組まれていましたが、花野井スーパーバイザのお計らいで代役を立てることができ、家内の手術に付き添うことができました。手術前から『側にいて欲しい』と言われていましたので、その通りになって本当に嬉しく思いました。その他、女性委員会のイベントの講師を決める際の行き違いで、女性委員会から『もう、出席して欲しくない』と突き放されたこと。九州男児として、女性を大事にするとは、『常に女性を労わり、ねぎらうこと』にある。」ことなど、県の役員をされたときの苦労話を色々と聴くことができました。その話の中には、常に利他を重んじ、感謝の心を忘れない川内氏の心意気を感じることができました。

この後、いつものように集合写真を撮り、オリーブの木で、美味しい朝食を頂きました。
 

朝食後は、いつもの通り、MSについての感想を述べ合いました。県役員とての苦労話は、組織を統率する者の避けて通れない難関であること、それを克服する最善の道こそが、倫理であることを納得しました。今後の更なるご活躍を祈ります。


鎌倫恒例の人力車でのお見送りにて、解散となりました。


平松 健男 記)

2015年12月2日水曜日


~日本文化発信に思う~藤島 博文

今日も5時半には、役員の大半が集合です。12/15のモデル単会認定に向けて、いよいよ熱の入った役員朝礼となってきました。
                                                                                                 
本日のMS講師は、日本画家の藤島 博文 です。

先ずは、松谷会長のスピーチが始まりました。

「今日は12/1、いよいよ師走を迎えました。忙しい中でも、時間を大切にしましょう。先週、二つのイベントに参加しました。一つは白木 正四郎 のエネルギの話、二つ目は、ミャンマーで医療活動に当たっている名知 仁子 です。エネルギの話では、マスコミが歪曲した情報を流していることを知りました。また、ミャンマー人には、思いやりがあること、相手を心から想うには、先ず自分を大切に思うことが先決であることも学びました。」

次は久保田雅人会員の3分間スピーチです。

                                                                                        

「私は社長(石渡氏)の勧めで入会。礼儀、マナー、父母への想いが大切なことが分かりました。MSに出席し、富士研の研修にも仕事の一環として参加することができました。社長の生き方、考え方はとても暖かいと思います。社長からの注意は、父から言われているように思えます。父母もお墓から見守っているような気がします。」

 いよいよ藤島 博文 の講話です。
藤島 博文 のプロフィール】
日本美術展覧会(日展)会員・審査員
東アジア国際国画展会長
著書:美感革命(致知出版社)、日本人の美伝子(PHP

「鎌倉は、武家、仏教・神道の地で、日本文化の発信地だと思っています。私にとって、理想的な場所です。近い将来、鎌倉に美術館を持ちたいと願っています。日本人は、もっと仏教・神道を重んじてもいいでしょう。神道や仏教こそが日本人を救済してきました。」
温和な口調で、しかし情熱的に語られる藤島氏の心意気を感じ取ることができました。

「私は74歳になります。雑誌『到知』を通して、倫理研究所理事長の丸山敏秋氏とも近しい関係にあります。一般的に、政治家や財界人は、日本の立ち位置が判っていない。油絵と日本画との違いを理解していないと思います。日本の良さを理解していないので、日本の絵画は90%以上が油絵(西洋画)です。絵から滲み出てくる思想(考え方)が重要です。日本人独特の美意識、奥ゆかしさ、神道や仏教の考え方を表現するのが日本画だと思います。」
藤島氏から『花鳥風月への旅立ち』という冊子を頂きました。その中の藤島氏が描かれた日本画(上の写真)を見ていると、単に美しいだけでなく、その中に潜む藤島氏独特の輝いた境地が見えるような気がしました。

「日本人の地名や人名の殆どには、自然界を表す一字が入っています。また、日本では鎌倉の武士に見られる既存の権威に反発する風土がありました。この日本文化を再評価したいと思います。平和病に疲弊した政治家、経済人、皆自分のことしか考えない。その風潮が親子が殺し合うなどの下らない事件の発生につながっていると思います。中国の偉人である孔子、老子、李白などの考え方も日本に入っており、日中間でいがみ合うのではなく、日中文化同盟を結ぶべきと思っています。日本画こそ立ち位置が明確であり、日本のトップがそれを理解し、世界に発信して欲しいと思います。私はこれからも日本の文化資源を活かし、倫理に相応しい日本画を描き、世界に発信したいと願っています。そのためにも、鎌倉に美術館を建てたいと希望しています。倫理に美を加えて頂きたい。学校(小中高)でも、日本の美しさを教えてほしいと思います。米国の大統領候補も、私の話に感動して帰りました。美術館を建てたら、英語、中国語でも解説し、日本文化を世界に広めたいと思います。」

世界の平和のために日本の伝統文化が有効という信念でお話されました。私と同年とは思えないような迫力のあるお話でした。

この後、いつものように集合写真を撮り、オリーブの木で、美味しい朝食を頂きました。

朝食後は、いつもの通り、MSについての感想を述べ合いました。洋画と日本画の違いについて、私は殆ど関心を持っていませんでした。が、日本画の持つ伝統的な美意識と倫理観とに裏打ちされた藤島氏の人となりの一端を見せて頂きました。ありがとうございました。今後の更なるご活躍を祈ります。
平松 健男 記)


2015年11月25日水曜日


~祖先に繋がる~工藤 直彦

日の出前の5時半に会場の由比ヶ浜公会堂に着いてみると、既に椅子がきれいに並べてあり、6時からの役員朝礼に間に合うように、役員の大半がやってきます。12/15のモデル単会認定に向けて、次第に緊張感を持った朝礼となってきました。
                                                                                                 
本日のMS講師は、東京都豊島区倫理法人会 相談役の工藤 直彦 です。

先ずは、松谷会長のスピーチが始まりました。

「今年度になって、早くも会員数が8名減となっていて、憂慮する状態となっています。MS出席者もなかなか増えません。会員の皆さんの集客力に期待するところ大なので、真剣に取り組んで頂きたいと思います。「愛」の反対語は「無関心」ですが、この会(鎌倫)が困っているとき、知らん顔をするような会員になって欲しくないですね。厳しいことを言うようですが、皆さん心を一つにして、拡充のために、ホットゲストを色々な行事へお誘いするなど、頑張っていただきたいと思います。1215日にモデル単会としての評価を受けますが、割り当てられている役割だけでなく、思いがけない欠席者が出ても、完遂できるように、担当以外のことも実行可能なよう、予め考えておいてほしいと思います。」

次は蔵田のり子会員の3分間スピーチです。
                                                                                        
「入会して半年になります。講師の方々の様々な体験報告を聴くのが楽しみです。それまでは、朝起きが苦手でした。週一回ですが段々と早く起きることができるようになり、最近では4時半には起きています。自分を褒めたい気分です。」
「小林正観さんの本を読んでの話ですが、『昔々7人の神さまが或る所(家)にやってきました。最初に来た神さまは、床の間の神さまになることを選びました。次の神さまは応接間、次は玄関などと、良さそうな場所順に決まっていきました。最後に、7番目の神さまは残ったトイレの神様になりました。トイレの神さまは、毎日のようにトイレ掃除をしました。ところが、最も運(金運)が良いのは、トイレをピカピカにする7人目の神さまだったのです。』誰もが嫌がるトイレ掃除を選んだ神さまにこそ役得があったという話でした。

いよいよ工藤 直彦 の講話です。

【工藤 直彦 のプロフィール】
昭和3912月倉敷生まれ(50歳)
東京都豊島区倫理法人会 相談役
(一社)倫理研究所 法人レクチャラー
音楽関係の事務所を経営(幾多の会社を起業するも、音楽関係のみ残った

「私の父は、東大法学部卒で三菱石油に就職、エリートサラリーマンでしたが、酒癖が悪く、家族から見ると、優しい父親という雰囲気はありませんでした。私の少年期には、何度か殴られたりし、いつか仕返しをしようと思っていました。中学生時代にその時がやってきました。体力的に勝る私が、殴り返すと、父は倒れました。そのとき、優しい母が私を思い切り平手打ちしました。これは予想外でしたが、そのとき、母の本当の愛、そして父の本当の愛をも感じることができました。私は父や祖父が入っているお墓を綺麗にお掃除することを心掛けています。祖先を敬うとき、運が向き、人間としての本物の迫力が身に付くような気がします。本物の迫力を持たない人間では、世に残せるような働きはできないでしょう。私たちは、祖先を辿っていけば、人類、植物の発生、果ては大宇宙の何かから産まれてきたことを感じます。その宇宙を大切にする心が大切だと思います。祖先から脈々と受けている質(たち)を大切にしたいと思います。」
最後に、『親愛なる子供たちへ』と題する親からの呼びかけ(手紙)を朗読されました。子供への親の愛、老いさらばえる自分が、子供からの愛に飢えていることを切々と訴える内容の詩でした。心にずしんと響く詩でもありました。

この後、いつものように集合写真を撮り、オリーブの木で、美味しい朝食を頂きました。

朝食後は、いつもの通り、MSについての感想を述べ合い、有意義なときを過ごすことができました。

最後は、鎌倫恒例の人力車に揺られてのお別れです。
 

 平松 健男 記)